

――いつごろからアルバム作りを意識したんですか?
山川去年の5月21日(デビュー満19周年の日)に、MIYAの弾き語りコンサートの「寄り道」が原宿であって。そこでメンバー4人で1曲演奏して、「来年はデビュー20周年でTHE BOOMとして活動しますよ」と、会場にいたファンのみなさんの前で最初に言ったのが始まりです。その後、9月に横浜赤レンガでやった日本人ブラジル移民100周年のイベントに3年ぶりくらいにTHE BOOMとして出演して、それを今年につなげていってという流れの中でアルバムを作り始めたんですね。
栃木それで、年が明けてからレコーディングをしようってことになったんですけど、その時点でMIYAが4曲くらい新しい曲を持ってきて。レコーディングの前に3人で少しリハーサルをやって、その曲をレコーディングしつつ、MIYAがまた新曲を持ってきて…っていう感じでした。
――聴かせてもらって、これだけストレートな20周年のアルバムはないと思った。「20年」っていう直接的な言葉も出てくるし、「君」っていう言葉もそう。正直、驚きました。
栃木新曲を受け取る前にMIYAから「20年間やってこられたのは、俺たちだけの力じゃない。支えてくれたファンの人たち、周りにいてくれたスタッフたち、そういう人たち全てに、音でもって感謝の気持ちを伝えようと思ってる。それで今、すごくたくさんの曲ができてるよ」っていう話を聞いていたので、今回は全体的にそういうアルバムになるんだろうなって最初の段階から感じていました。
――すごくストレートな感謝のアルバムなので、照れたりはしなかったの?
小林いや(笑)。MIYAの言葉を聞いて、やっぱり「そうだな」って改めて思うことがいっぱいあったし、感謝の気持ちをレコーディング&パッケージングして全国ツアーに出れば、それがもう20周年の全てになるのではと思いました。MCで、言葉で説明しなくても、このアルバムの曲達を、ステージから心を込めて演奏すれば、きっと伝えられると信じて。だから、あとはもうシンプルだけど深みのあるアレンジと音で演奏して、それをできる限り良い音で記録していくという方向でレコーディングを進めていきました。
――シングルの「My Sweet Home」を日比谷野音のライブで聴いて、これ以上ないほどシンプルな曲だなと思った。
栃木シンプルですよね。それでいて強い。シングルとして久しぶりにリリースする曲としては、今の感じ、20年目のTHE BOOMの姿として、この曲がいいんじゃないかって、みんなで話し合って。
――王道のリズムに、分かりやすい歌詞。でも20年やってきたバンドにしか出せない音だと感じた。
宮沢THE BOOMはジャマイカや沖縄やブラジルや、世界中の音楽を取り入れようって、自分たちのやりたいようにやってきた。だけど今回は、そういうことじゃなくて、シンプルに"感謝の気持ち"を伝えるだけでいいと思ったんですよ。
――20年目にしてシンプルになっていく人とか、他にもいるのかな。すごく難しいことをやってた人が、急にシンプルになるみたいな。
宮沢いや、先のことは分からないですよ。ただ、今は身近な幸せとか喜びとかを歌にしたい。で、それを歌っている自分が気持ち良い。今だけかもしれないし、この先はまた色々混ぜ込んだ世界観でいくことになるかもしれないですけどね。
――今回のようにシンプルになるために、この20年間があったっていう逆説も成り立つのかな?
宮沢う~ん…言い方としてあるかもしれない。でも先のことは分からないですね。
――シンプルな曲のレコーディングは、順調だったんですか?
小林いや、逆に、シンプルな曲は手こずりました。
栃木うん。シンプルな音楽を、きちんと録音するというのは、シンプルであるが故に、実はすごく難しいんですね。今回のレコーディングでは、シンプルなリズムで、かつ説得力のあるものを録るというのがこんなに大変な作業なのかと、また改めて実感することができました。でも、時間はかかりましたけど、最終的には「このテイクで行こう」っていう良いテイクが録れたのでよかった。
山川このアルバムは、最新のジャンルっていう音楽ではないじゃないですか。王道のサウンドを、あえてストレートにやる。でも、だからこそ逆に、演奏する側の強い思いが音に出てくると思うんですね。演奏のテクニックとしてはさほど難しくはないのかもしれないけど、"今、これをTHE BOOMとしてやる意味"を、ひしひしと感じることができる。それを音楽として仕上げるのは難しかったですね。だからレコーディングしていて、「悪くはないんだけど、でも何か足りないな」みたいなところの微妙なサジ加減が、これまでにない難しさだった。シンプルなだけに、気持ちが音やプレイにそのまま出ちゃうんですよ。
――THE BOOMは今までいろいろな音楽にトライしてきたけど、今回は特定のジャンルを追求したわけではないんですよね。
山川そうですね。ストレートなロックの中に、「All of Everything」みたいに、ちょっとレゲエ的なニュアンスが入ってきたりという感じで。一聴するとシンプルなサウンドに聴こえると思いますが、THE BOOMがこれまでずっと積み重ねてきた音楽性が進化した、"20年後のTHE BOOMの世界"という風にも言えると思います。他の誰にもできないバンドの歴史が確実にそこにありますから。新曲をレコーディングした時に、これまでの音楽の変遷の中で、自分たちのカラダに吸収されていたものが、自然と中から湧いてくるような感じでした。
――自分たちが信じてやってきたことを自然に出すだけで曲が成立してるんだから、すごく幸せなアルバムだよね。
宮沢そうですね。曲作りのときにはこの十数年で自分が得てきた技術とか引き出し、言い方は悪いけど"武装"みたいなものを全部外した。こうやればこういうものが出てくるって自分で分かってるんだけど、それを一切やめて、ギターだけ持って曲作りに入った。最初に、「お前は何を言いたいの?」って自分に訊くわけですよ。そんなとき、目を閉じたら、聴いてくれる人たち、自分が歌うべき対象がはっきりしていた。感謝を伝えたい人たちの顔が、自然に浮かんできたんです。正直、「風になりたい」あたりから始まって、ラテンとかサードワールド(第三世界)の音楽にのめり込んでいたときには、「新しい音楽を作ろう!」とか、「ハイブリッドな音楽を作ろう!」っていう思いが強過ぎて、目を閉じても聴いてくれている人たちの顔が浮かばなかったんですよ。自分の音楽性の欲求を満たすために、どうしても行き過ぎていた。もちろん、そのころの作品も好きなんですけどね。でも今回はそうじゃなくて、目を閉じたら、聴いてくれる人たちがこちらを向いて笑顔でいるのが見えたので、そういう人たちに向けて何を歌おうかっていうテーマが、自分の中からどんどん生まれてきた。曲作りというのは、ひたすらそれをスケッチしてる毎日。不思議なのが、何週間か泊り込みで曲作りをしたんですけど、朝早く起きて、ちょっと泳いだりストレッチをして、最初にギターを持つのがだいたい午前10時くらいなんですけど、そのときにパッと曲が出てくるんですね。自分でも「あれ?」って思うくらい、パッと出てくる。それで、あ、俺が正直に言いたいのは、こういうことなのかと。カッコつけたり、武装したり、自分を良く見せようとか、そういうことじゃなくて、いちばん言いたいことは朝一に生まれてきた。「夢から醒めて」もそうだったし、「My Sweet Home」もそうでした。リズムもシンプルで、「あ、これでいいんだ」っていう感じでICレコーダーに溜め込んで、歌詞を書いて、デモテープを作って。東京に戻ってから、出来上がった曲を順繰りにみんなに渡していきました。
これまでの自分を振り返ると、遠くへ遠くへ行きたいっていう十数年だった気がするんですね。理想郷というか、自分が求めている完璧な場所はどこにあるのか、愛はどこにあるのか。どこにあるのか分からないけど遠くに行くぞっていう。これまで自分なりに色々な国や町を旅してきましたが、昨年の日本人ブラジル移民100周年という大きな節目を越えて、「あ、理想郷も楽園も、きっと、もっと身近なところにあるな」という気がしました。今はそういう気持ちで音楽作りに取り組むのが楽しい。身の回りの喜びを歌にするという。
だからサウンド的にも、ジャンルとか、何々風とか、何と何をミックスしましたとか、そういう構造じゃなくて、今言いたいことをどうやってシンプルな直線でつなげられるかっていうサウンド作りになっている。そういうことをみんなに伝えるためのデモテープを作って、特に説明もせずに「ちょっとこの音を聴いてみてもらえるかな」と言って渡せば、僕がやりたいことは分かってくれるだろうって。まぁでも実際、デモテープなんて全然、"卵"にもなっていなかったんですけど、それをメンバーがハイクオリティなものに高めてくれた感じですね。
――やっぱり『四重奏』は"幸せなアルバム"だなあ。
全員そうですね。